行政書士と交通事故
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以下に2006年3月11日群馬交通事故研究会(行政書士で構成する任意団体)において講演した講演会のレジュメを掲載します。
「行政書士業務としての交通事故業務の基礎」
行政書士 稲垣 正晴
1.自動車損害賠償保障法第3条と不法行為責任(民法第709条)・使用者責任(民法第715条)との関係―交通事故被害者救済のための法律としての自動車損害賠償保障法
- 日本国において、甲が自動車を運転していて交通事故を起こして乙に怪我をさせた場合の甲の乙に対する損害賠償責任については自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)第3条、民法第709条および民法第715条のどれを適用すべきかが問題になります。
- 運行供用者責任
自賠法第3条は、「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命または身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己および運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者または運転者以外の第三者に故意または過失があったこと並びに自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったことを証明したときは、この限りでない。」というものです。この条文のただし書きの事項を証明するのがきわめてむずかしいため、自賠法第3条「自己のために自動車を運行の用に供する者」(以下「運行供用者」といいます)の責任は無過失責任に近いものになっております。 - 運行供用者
運行供用者とは、自動車についての支配(運行支配)と、それによる利益(運行利益)が帰属する者のことをいいます(通説・判例)。 - 民法第709条の不法行為責任あるいは民法第715条の使用者責任は、少なくとも運転者に故意・過失があることが要件です。
- しかし、自動車事故による死傷の場合に、被害者側に運転者の過失を立証させることは一般にきわめてむずかしく、被害者に対し著しい不利益をもたらすことになります。そこで、自賠法第3条の無過失責任に近い責任を定めた自賠法が生まれました。つまり、被害者を救済するために自賠法は生まれたのです。尚、自賠法は、昭和30年7月29日法律第97号をもって公布され、昭和30年8月から昭和31年2月にかけ、6段階に分けて施行されました。
- 自賠法第3条の性質に関する学説には、自賠法3条は自賠法における総則的規定であるとする説と、自賠法3条は民法の一般的原則に対する特別の規定であるので自賠法3条の規定が民法の規定に優先して適用されるとする説の両説があります。判例は後者の説を採っています(東京地裁昭和34・3・24判決 判時188号28頁)。
- 自賠法による責任の主体は、自賠法第3条の運行供用者ですから、自賠法第2条4項の「運転者」(他人のために自動車の運転または運転の補助に従事する者)は自賠法による責任の主体にはなりません。しかし、上記の自賠法第2条4項の「運転者」が民法第709条の要件を満たしていれば、同条の不法行為の責任を負うのは当然です。
- 例題
従って、運送会社Aの従業員Bがその会社の業務執行として自動車を運転していてCを被害者とする人身事故を起こした場合について、自賠法第3条と民法第709条・民法第715条の適用を考えてみると以下のようになります。
まず、Aは、今回の人身事故における自賠法第3条の運行供用者ですから、Aは、Cに対する人身事故の関係では、民法第715条ではなく、自賠法第3条が適用されます。そして、Bは、自賠法第3条の運行供用者ではなく自賠法第2条4項の「運転者」ですから、Bは、Cに対する人身事故の関係では、自賠法第3条ではなく、民法第709条が適用されます。
2.行政書士業務としての自賠法の被害者請求の重要性
自賠法の被害者請求が交通事故被害者の損害賠償請求手続の第一歩であり、また、その後の損害賠償請求手続をしていく上において重要な位置をしめていることを確認する必要があります。
3.自賠責保険の仕組み
- 自賠責保険は被害者保護のためにある(自賠法第1条)。
- 自賠責保険の付されていない自動車の運転は自賠法で禁止されている(自賠法第5条・第86条の3第1号)。
- 自賠責保険においては、人身事故の損害が賠償され、物損事故の損害は賠償されない(自賠法第1条、3条)。
- 加害者との示談が成立していなくても、被害者から直接保険会社に対して損害賠償の支払いを請求することができる。
- 被害者請求(自賠法第16条)
- 仮渡金の請求(自賠法第17条)
- 内払金請求
- 自賠責保険の支払い限度額は次のとおりである(自動車損害賠償保障法施行令第2条)。
- 傷害による損害 被害者1名につき120万円
- 後遺障害による損害 被害者1名につき3,000万円
尚、神経系統の機能、精神または胸腹部臓器の機能に著しい傷害を残し、常時介護を要する場合は、被害者1名につき4,000万円 - 死亡による損害 3,000万円
- 過失相殺の制限適用-重過失減額
自賠責保険発足当初は、過失相殺が厳格に適用されていたが(自賠法4条)、それでは自賠法の主たる目的である被害者保護が不十分なものになるので、1964年(昭和39年)から、法改正によることなく、保険実務の扱いとして、過失相殺の制限適用が実施されるようになった。過失相殺の制限適用とは、被害者の重過失に限って過失相殺を適用することで、いわゆる「重過失減額」といわれるものである。この「重過失減額」と同じ内容が、平成13年の自賠法の改正(平成14年4月1日施行)により支払基準(自賠法16条の3)の中で規定されている。 - 書面の交付・書面による説明義務(平成13年の自賠法の改正によるもの)
―被害者からの請求に対する保険金などの支払いを中心に述べる
- 保険会社が保険金などを被害者に支払ったときは、事故の年月日、死亡・後遺障害・死亡にいたるまでの傷害・傷害ごとの支払い金額などを記載した書面を被害者に交付しなければならない(自賠法16条の4第2項、適正化省令第3条)。
- 上記1.により書面の交付を受けた被害者が、事故により支出を要した費用、事故により失われた利益、慰謝料その他の損害の細目および当該細目ごとの積算の詳細などに関して、書面で保険会社に対して説明を求めた場合は、保険会社は書面で被害者に説明しなければならない(自賠法16条の5第1項、適正化省令第7条)。
- ひき逃げによる人身事故・自賠責保険が付いていない車による人身事故の場合は、自賠法に基づく政府による自動車損害賠償保障事業により保険金が被害者に支払われる(自賠法72条)。
4.交通事故による傷害の場合も健康保険を使用して治療が受けられる(昭和43年10月12日保険発第106号各都道府県民生主管部(局)長あて 厚生省保険局保険課長国民健康保険課長通知)。
5.自賠責保険と任意保険との関係
- 任意保険は自賠責保険の「上積み保険」
任意保険の保険金は、自賠責保険で損害賠償額全額が支払われないときに支払われる。そのため、任意保険は自賠責保険の「上積み保険」といわれる。 - 任意保険と過失相殺
上記1の(8)の例題の交通事故の場合について被害者Cの損害金について以下において考えてみる。
- Cが交通事故で怪我をして、Cの全損害額が200万円の場合
- 交通事故においてCに2割の過失がある場合
自賠責保険から120万円(重過失減額なし)
任意保険から40万円 - 交通事故においてCに5割の過失がある場合
自賠責保険から120万円(重過失減額なし)
任意保険から0円
- 交通事故においてCに2割の過失がある場合
- Cが交通事故で死亡して、Cの全損害額が6,000万円の場合
- 交通事故においてCに2割の過失がある場合
自賠責保険から3,000万円(重過失減額なし)
任意保険から1,800万円 - 交通事故においてCに8割の過失がある場合
自賠責保険から2,100万円(3割減額)
任意保険から0円
- 交通事故においてCに2割の過失がある場合
- Cが交通事故で死亡して、Cの全損害額が2,000万円の場合
- 交通事故においてCに8割の過失がある場合
自賠責保険から1,400万円(3割減額)
任意保険から0円
- 交通事故においてCに8割の過失がある場合
- Cが交通事故で怪我をして、Cの全損害額が200万円の場合
- 一括払い
一括払いの方法が、法的な根拠はないが、1973(昭和48)年8月から行われている。一括払いの方法とは、加害車両に自賠責保険と対人賠償の任意保険が付いている場合に、任意保険会社が、自賠責保険金と任意保険金を一括して被害者に支払い、後日、自賠責保険金相当額を自賠責保険会社に求償するという方法である。尚、示談交渉サービス付き家庭用自動車保険もほぼ同時期である1973年(昭和48年)10月に生まれている。
- 一括払いのメリット
- 一括払いのデメリット
6.行政書士業務としての交通事故業務
我々行政書士の仕事は、依頼者の依頼により依頼者名義の権利義務・事実証明に関する書類を作成するのであって、行政書士名義の権利義務・事実証明に関する書類を作成するのではない(行政書士法第1条の2)。